2008年11月 5日 (水)

芝居の中で見た暁斎

今月5日、国立劇場で26日まで上演の「江戸宵闇妖鉤爪(えどのやみあやしのかぎづめ)」を見てきた。芝居は江戸川乱歩の「人間豹」を歌舞伎に仕立てたものであるが、その終幕近くで小道具に暁斎の作品が使われていた。第2幕5場「浅草奥山の見世物小屋」で、悪人に捕えられた女が豹のぬいぐるみを着せられ、頭目の人間豹と檻の中で闘わされる場であるが、闘いが始まるまで檻は幕で覆われており、この幕の図柄に暁斎の妖怪引幕の一部が用いられていた。引幕の右半分で、団十郎の顔はなく、その右下の菊五郎から引幕そのものの右端の仲蔵の化け座頭の向って左半分までである。ここで暁斎が使われた理由は判らない。また小道具そのものは引幕の粗雑な写しで、それだけのためにこの芝居まで足を運ぶほどのものでもないが、歌舞伎の小道具で暁斎の作品やその図柄が使われた例はこれまで記憶にないので、いささか興味深く見た。(小野迪孝 記)

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2008年9月 2日 (火)

河鍋暁斎記念美術館が新しいサイトを公開

河鍋暁斎記念美術館のホームページが新しくなって公開されています。

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2008年6月26日 (木)

祝・河鍋暁斎記念美術館30周年

1978年に開館した埼玉県蕨市の河鍋暁斎記念美術館が今年で30周年を迎えることになった。京都の展覧会も終了してしばらくたったある日、30周年の記念の集いへの招待状をいただいた。会場は新宿中村屋のレストラン・レガルで、メニューには『西洋料理通』のカレーを再現する予定と書いてあり、河鍋楠美館長のユーモアがそこはかとなく漂っていて、思わず笑みのこぼれる企画である。明治5年に萬笈閣から出版したこの書物は、魯文が編集し、暁斎が挿絵を描いている日本で最初の西洋料理のレシピ本で、新宿中村屋総料理長の二宮健氏が、すでに料理の一部再現に取り組み、平成7年から12年の間それを味わう会合が5回開かれている。その一部の紹介ということで、中村屋伝統のインドカレーと、『西洋料理通』の「コリードビーフ及モツトン」(カリード ビーフ オア マトン)の競演を愉しむことができた。

少し黄色味の強い文明開化のカレーの中身は、牛肉の薄切りと長ネギを使い、バター風味のほろっと甘くやさしい味わいがした。たまねぎは明治初年にまだ普及していなかったことから長ネギを小さく切って使っている。日本食となって定着した中村屋カレーのスパイシーな味とは、対照的で興味深いものがある。一連の再現に取り組まれた二宮氏と席が隣同士になるという幸運に恵まれて、料理再現のご苦労や工夫の数々を直接伺い、滋味にあふれるカレーを一層おいしくいただくことができた。

魯文も暁斎も天保の飢饉や安政大地震後の不自由な食生活を幾たびも体験している。また、暁斎の作品には幕末の貧困と飢餓をリアルにとらえたものもある。二人は、異国の食をとりまく豊かさの表現、とりわけ日本では宗教上表向きは禁忌とされていた肉食を基調として、新奇な風味や食習慣、磁器だけでなく金属やガラスでできた重厚な食器類にその好奇心を踊らせ、いち早く日本人に知らせたいという強い欲求にかられて編集していったのだろう。暁斎の挿絵は、と畜から調理、料理の注文と給仕、食後の愉しみなど横浜居留地で西洋の食卓をめぐるさまざまなシーンに初めて相対面したものの新鮮な驚きが表現されている。そしてその食卓にのぼっていたのは、一昔前にヨーロッパで「日本料理」といわれていたものや、かつて筆者がシエナに住んでいたときイタリアの友人をもてなした手持ちの少量の海苔でできる「お寿司の軍艦もどき」の一皿のように、食材や道具の乏しい異国でそれなりに工夫をこらしながら、できるだけ本国の味わいや設えに近づけようとした苦心の産物なのである。

それをさらに再現するという二重の苦心が薄黄色のカレーにこめられていて、時代を超えた食へのこだわりを実感した幸せな時間であった。(山口順子)

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右が『西洋料理通』の再現ビーフカレー、左が中村屋のチキンカレー

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2008年5月 9日 (金)

Kyosai in Kyoto part2

京都国立博物館の暁斎展終了間際に、展示替えのあった『地獄極楽めぐり図』の後半を見にでかけた。開館直後に入り、この図のある部屋に直行したので比較的ゆっくり鑑賞できたが、ほどなくびっしり列ができあがった。この作品はほぼひと月ずつ1図を仕上げていっているから、3年かかっている。細密な描写のなかでも仏教の宗教装飾に執拗なほどのこだわりが下絵からも感じ取ることができた。幼女の成仏への祈りを画面に昇華させる表現のなかにウィットの利いた着想が交錯していて、暁斎の独創性がきわだつ作品だといえる。
改めて、引き幕が博物館の空間には収まりきらなかったことも確認した。これまで平坦に展示されて最も美しかったのは東京の共立講堂で行われた歌舞伎学会のときかと思う。舞台に掲げられた場合には、着席した不特定多数の人々の眼を一度にひきつける状況が生まれる。このことは、美術展覧会で三々五々人々が画面の前に集散を繰り返すのとは比べ物にならない圧倒性をもっているのだ。コンテンポラリーアートとしての引き幕の存在感といってもいいだろう。さらにこれが単なる平面でなくインスタレーションという3次元の空間支配に至っていることを共立講堂の撤去のときに知った。少なくとも20人近くの大人が機材を導入して右往左往しなければ、設置も撤去も不可能な作品だということだ。もちろん年代によって劣化していて取り扱いの難しいということもあるのだが、引き幕の大きさだけでなく、その重さ、支持体のない柔軟さがそれだけの人数を必要としている。さきごろNHKの日曜美術館でも博物館への展示風景の一部が放映されたが、そうした展示の裏側も作品展示とともに見せてくれると、この作品が今、この現代において鑑賞することの重さがより深く理解される。
前回同様、会場でおそらく初めて暁斎作品を眼にした関西の人々の熱気を強く感じた。表に出ると10分待ちの掲示だった。ガードマンの人の話では15分程度のときもあったという。夏を思わせる暑さのもとで列をなしている人々には気の毒だったが、暁斎ファンとしてはその風景も小気味よかった。
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帰りに細見美術館に立ち寄った。開館10周年を記念した「江戸絵画の夢と光―若冲、北斎とともに」という展覧だったが、河鍋暁斎の義父・鈴木基一の作品を面白く見た。江戸琳派の静謐さに、時代動向を受けたエネルギッシュな動物表現を加えて発展させた暁斎の功績を確認した。(山口順子)


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2008年4月21日 (月)

Kyosai in Kyoto

花散らしの雨の中、京都で開催中の二つの河鍋暁斎展を見にでかけた。

京都国立博物館の展示は、高い選定レベルで集めた肉筆だけの構成により、高度な画技の水準が鮮明に浮かび上がっていた。これほど緊張感のあるキュレーションには、最近国内で出会ったことがなく、かなりの疲労感を覚えたほどである。美術展というものは、いくぶん鑑賞の緩衝地帯を含んでいるものだが、この展示にはそれがなかった。下絵も効果的に配置され、画家の思考の深さを理解する手助けとなっていた。

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 ここであえて暁斎のマスターピースを厳選して列挙するとすれば、明治政府の新たな美術制度にのっとって制作発表された、『枯木寒鴉図』『花鳥図』あるいは『山姥図』となるだろう。オフィシャルな美術がどのようなものとなろうとも暁斎自身の確固とした独創によって描かれている。今回は列品には挙がらなかったが、版本としては第一回内国勧業博覧会の出品作である『絵本鷹かがみ』があるだろう。これらに通定していることは、伝統技法の正確な伝承と発展について、あらゆる角度から追究する姿勢と実践である。絵画制作に関する情報の質量が飛躍的に高まったと考えられる時代において、暁斎はより一層ぶれのない探究を進めたのである。
 対してプライベートな関係を注文主との間に設定される『地獄極楽めぐり図』や『大和美人図屏風』を代表とするコンドルコレクション、不特定多数の公衆に提示されたパブリックアートとしての『新富座妖怪引幕』や成田山への奉納額である『大森彦七鬼女と争う図』がある。これらの応需作品は、注文主の意図や志を暁斎が組みとめ、技量によって昇華させたものといえる。特に、『地獄極楽めぐり図』のめったにない大公開を目にしたとき、最愛の肉親の死の悲しみに共感し、それを克服するための願いが凝集されていることを痛切に感じた。それは現世以上の楽しい来世であるようにとの願いであり、ウィットやパロディを得意とする暁斎の画力によって破綻なくまとめあげられている。
 少しく残念に思ったのは図録の随筆・論考の水準が不ぞろいだったことである。展示の緊張を受け止めた上で書かれたものを期待していただけに落胆したところもあったが、作品解説や年表は丁寧な記述が施されていた。山下氏の指摘する暁斎研究の相対化の必要には全く同感である。

 烏丸御池の国際マンガミュージアムを初めて訪ねたが、京都のほぼ中心に位置していた歴史ある龍池小学校のほとんど全てを戦後の古本マンガが占拠していて圧巻である。1960年代後半から70年にかけては確実に学校教育の敵だったマンガがここでは仲良く同居し、教育内容を伝える格好の表現手段としても期待されてしまっているし、いまやニッポンを代表するコンテンツ市場とやらを背負って立っている。そのこと自体が大いに笑えるインスタレーションであり、小学校の再生利用施設としては台北の現代美術館のように活況をみせている。
 国立博物館とはテーマを切り分けた、暁斎の戯画・諷刺漫画のみの特別展である。錦絵『暁斎楽画三号』で近代の学校教育制度の出発を茶化しきった暁斎にしてみれば、これをみればきっと大笑したにちがいない。肉筆『開化放屁合戦絵巻』の全展開が展示の中心に置かれていたようだが、江戸後期から近代初頭まで薩摩芋の一大産地であり、大消費地の江戸市中への供給元だった埼玉県川越で描かれたことは、関西での展観だけにもっと丁寧に取り上げたほうがよかったと思う。また、グランヴィルも顔負けの動物戯画の傑作、アンダーソンコレクションの一連の作品は国立博物館のほうに展示されているだけに、暁斎のリズミカルで奔放な作画と、市場を背景とした版元や盟友・仮名垣魯文のプロデュースによるものとの区分けを明確にすれば、この分野の暁斎の個性はもっときわだったはずである。図録の解説には疑問をはさみたくなる部分がいくつかあるが、ここでは触れない。

コンドルの弟子片山東熊設計の近代建築の遺構と、耐震建築のモダンな小学校跡の空間とともに、暁斎の作品群はがっぷり四つ相撲をしているようだった。「筆峰之日本」を代表して筆一本で近代と真っ向立ち向かい、真剣勝負をし続けていた、画家のエネルギーの凝集と放逸に満ちていた。(山口順子)


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2008年3月31日 (月)

京都で暁斎も満開に

いよいよ京都でふたつの河鍋暁斎展が同時開催となります。

*特別展覧会没後120年記念 絵画の冒険者
暁斎 Kyosai-近代へ架ける橋

4月8日(火)-5月11日(日)
京都国立博物館 月曜休館

*明治のギャクマスター 暁斎漫画展
4月8日(火)-5月11日(日)
京都国際マンガミュージアム 水曜休館

詳細は各館へお問い合わせください。

このほか河鍋暁斎記念美術館(埼玉県蕨市)では
「歴史の中の人びと展」が開催中です。 5月25日(日)まで 休館日:毎週木曜日

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2008年1月19日 (土)

Year of Kyosai : 暁斎イヤーの始まり

今年は河鍋暁斎の展覧会が目白押しとなる、暁斎イヤーです。初詣客もひと段落した成田山に暁斎を訪ねました。表参道には古い家並みが連なり、庶民信仰の長い歴史を感じさせてくれます。

霊光館では、成田山に納められた暁斎の絵馬「大森彦七鬼女と争うの図」とともに、本画の優品がずらっと展示された「天才絵師 河鍋暁斎」展(2月11日まで)が開催されています。この絵馬は門外不出とも言える作品で、師匠の国芳の絵馬とともに絵馬堂に掲げられていた当時を想像するには、やはり寺の境内が最適といえましょう。対角線上に張り詰めた構図の緊張感のなかで、右下に太々としたためられた揮毫は他の作品にみらない、霊気といった独特の精神性を感じさせます。書画会から展覧会と変じた美術作品の生産システムとは、全く異なる次元の創造として絵馬を再認識できる傑作です。

そこから数百メートルのところにある書道美術館でも関連企画「酔うて候 河鍋暁斎と幕末明治の書画会」が開催中です。近代日本で最も大きなカリカチュア作品といえる新富座の引幕を一挙に展示して、舞台を見上げる視線が得られるように緋毛氈に座って鑑賞できる工夫がなされています。見上げると、いまにも飛び出してきそうな妖怪たちの迫力に改めて驚かされ、また幕の隅々に暁斎の身体的な痕跡の数々を発見することができます。


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明治二二年暁斎の訃報に接したとき、依田学海は五月六日の日記に「狂斎死す」と題してその思い出を記しています。「(略)余この男を金港堂の別荘にて始て知りにき。画の力は実に抜郡(ママ)のものなり。酔はざれば極めて気力なし。狂酔すれば何ものを問はずして筆をとりて皆画を作る。人家に至りて酒をのむときはあたりにありあふ紙にもあれ障子屏風にもあれ尽くこれに画く。これを止むれどもきかず。されども壱人老母に考を尽し老母一声叱すれば今まで大酔狂せしも忽ち恐れ服すとぞ。また奇人といふべし。」(学海日録)

書画という熟語の構成は書が上で、画が下。社会的なヒエラルキーをも反映して、画賛を加える立場の書家=文化人たちは維新後の文化政策の立案者になることのできる立場にありました。なかでも演劇改良運動の先鋒に依田学海はいました。学海自身、川越の山下幽谷の求めに応じて暁斎の「郡盲評品図」に詩を添えました。しかし、画がなくては画賛が成立しないように、いかに高邁な理論に基づく政策であっても、肝心の力量あるアーチストの存在なくしては実行不可能といえます。そのことを魯文は自ら画鬼となることのできる盟友・暁斎をもって引幕に描かせたと考えられます。

展覧会のための地元の銘酒・長命泉の特別仕様ラベル「酒仲画鬼」もおいしくいただきました。

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2007年11月 9日 (金)

狩野永徳・河鍋暁斎・長谷川等伯と続く京都国立博物館

狩野永徳展を京都国立博物館に訪ねました。大変な盛況振りです。平日午前でも50-60分待ちです。

すでに次回河鍋暁斎展(2008年4月8日-5月11日)も告知されています。どのくらいの行列になるのやら・・・今から心配です。


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2007年11月 8日 (木)

平成19年11月以降の河鍋暁斎記念美術館の予定

「斜めから見た『幕末・明治維新』」展

11月2日(金)~12月23日(日)〔休館日:毎週木曜日、11月26日~11月30日,12月24日~1月3日〕

内容:暁斎作品の楽しさは、笑いがこみ上げてくるユーモアと、チクリと刺すような皮肉にあります。幕府定火消し同心の息子として成長し、徳川幕府お抱え絵師狩野派絵師として修業を終えた暁斎が描いた幕末明治の変動期とその後の文明開化に関する作品を展示し、暁斎のユーモア精神と風刺精神にあふれた作品で、もうひとつの幕末明治をお楽しみいただきます。暁斎筆「暁斎楽画」(版画)ほか

【平成20年】

「七福宝づくし」展(仮称) 1月4日(金)~2月25日(月)〔休館日:毎週木曜日、1月25日~1月31日〕

内容:平成20年の初春を祝い、暁斎と娘・暁翠ら門人の描いた七福神など、めでたい作品を展示します。なお、本年の干支は「子」。特に大黒天とネズミを描いた作品をお楽しみいただきます。暁斎筆「大黒天とねずみ」(掛軸)、暁翠筆「鼠の大黒天詣で」(掛軸)、暁斎筆「大黒天福引之図」(版画)他

「歴史の中の人びと」展(仮称) 3月1日(土)~4月25日(金)〔休館日:毎週木曜日、3月26日~31日〕

内容:暁斎、娘・暁翠の描いた作品には、日本史ばかりか、中国、西洋の歴史上の人物たちも登場します。本展では、そうした歴史上の人物たちを描いた作品をご紹介します。暁翠筆「紫式部・清少納言」(掛軸)、暁斎筆「桜井の別れ図」(掛軸)、暁斎筆「清少納言、ジャンヌ・ダルク」(下絵)ほか

*変更される場合もおります。詳細は事前に美術館にお尋ねくださいますようお願いいたします。

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2007年7月17日 (火)

河鍋暁斎記念美術館:7-8月の企画展

動物百態展(第1,2展示室)
第21回かえる展(新・第3展示室)

2007年7月1日(日)から8月25日(日)
休館:毎週木曜日と7月26日~31日

詳細は美術館へお問い合わせください。

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